ベトナム・ハノイ2016/08/25 15:13


ベトナム・ハノイ1


ベトナムに行ってきました。
まずは、北にある首都ハノイに着きました。

写真は泊まったホテルのそばのハノイの旧市街の街並み。


ベトナム2

ベトナム・ハノイ3


狭い道路を挟んでいろいろなスケールの建物が、
高密度で詰め込まれ、なおかつ緑も濃厚に絡みついて、
見たこともない濃密な都市空間になっています。


ベトナム・ハノイ4


いろいろな様式が入り混じっています


ベトナム・ハノイ5


なぜか街路樹に鳥籠がかけてあります。
(しょっちゅう見かけました。)


ベトナム・ハノイ5


ベトナム・ハノイ6


ベトナム・ハノイ7


ベトナム・ハノイ8


ベトナム・ハノイ9


ベトナム・ハノイ10


すごい量のバイク。
生活のエネルギーに満ち、
とりとめもなく渦巻いて溢れている感じ。


ベトナム・ハノイ11


ベトナム・ハノイ12


ベトナム・ハノイ13


ベトナム・ハノイ14


路上でなんでも売っている。
野菜、果物、魚、肉、その他すべて。
社会主義国なのに、自由で気儘、そして活気。


ベトナム・ハノイ15


ベトナム・ハノイ16


ベトナム・ハノイ16


ハノイの旧市街の建物は、
妙な規範や統一感などが、かけらもなく
それぞれ自由気ままな勝手な工夫をしていて、
どれも楽しそう。

それにしても街中が活気に溢れ、
路上と建物が生活空間として、
強引に、あるいは当然本来そうあるべきかのように、
交じり合い。
それらすべてが混然一体となって、
計り知れないエネルギーに満ちた、
カオスのようなハノイの旧市街。


続きは、また。


(byダンナ)


鞆の浦・尾道・竹原・旅行4-竹原2012/12/04 15:45



気が付くと、早くも12月になってしまいましたが、
先月に行った「鞆の浦・尾道・竹原・旅行」の続きです。

では、最後の目的地、竹原へ。

瀬戸内海


三原で呉線に乗り換え、
安芸の小京都と呼ばれる竹原へ。
呉線は海岸沿いに走り、
車窓からは、
島が連なるように見えるきれいな瀬戸内海の光景がつづく。

竹原1

竹原駅から、徒歩15分ぐらいで、
伝統的建造物郡保存地区へ。

竹原2


正面の近代建築がちょっと興ざめですが、
古い町並みが続きます。

竹原3

竹原4


落ち着いた町並みが続きます。

竹原歴史民族資料館


伝統的建造物郡保存地区の、
歴史民族資料館はなぜか洋館でした。
洋館建築としては面白いのですが。

竹原5


伝統的建造物郡保存地区内では、
メーター類も木製の格子で被われていました。
細かな工夫ですが、町並みを綺麗に見せています。

竹原6


あまり静かでは、地元の人も困ってしまうでしょうが、
日曜日にもかかわらず、
比較的ひっそりとした伝統的建造物郡の町並みを、
ゆっくりと町歩きしながら楽しむことが出来ました。

慌ただしく竹原から呉線に乗り、
三原から新幹線に乗り換えて、
慌ただしい日常の待つ東京へ帰ります。
(東京までは、遠いなぁ、酔っぱらってしまいそう。)


(by ダンナ)


鞆の浦・尾道・竹原・旅行3-尾道22012/11/29 14:04


尾道1

国道2号線と山陽本線を北側に越えて、
尾道の坂と石段の路地を巡って、
たどり着いたのは、
NPO尾道空き家再生プロジェクトが再生している途中の、
「ガウディハウス」と呼ばれている住宅。

ガウディハウス


外観も充分に興味深いですが、
中がもっと面白い。

内部の石垣


擁壁の石垣が住宅の中に露出されていたり。

曲線の階段


微妙な曲線を描く階段があったり。

局面建具


曲線階段の途中に局面建具が付いたの収納があったり。

組子のガラス窓


そして、こんなモダンなデザインの美しい組子のガラス窓があったり。

見所満載で見飽きません。
とにかく面白い。

尾道の眺め


面白すぎる「ガウディハウス」を後にして、
石段を巡っていると、
突然風景が開けて、尾道の海が見えたりします。
狭い石段の路地を巡りながら、
突然海に向かって風景が開ける感じが、
坂の町尾道の独特な景観を作っているように感じます。

坂の途中の洋館


坂道巡りの途中で、
りっぱな洋館に出会ったりするのも、
尾道らしい。

石段

洋館


石段の町の中、このような洋館がいくつも点在しています。

石段

坂の家


そんな石段の中にある、
洋館の一つ、「坂の家」を見せていただきました。

坂の家・内部


切り妻屋根の下は、こんな天井の高い空間。

尾道水道


そして窓を開ければ、尾道の海(尾道水道)。

階段と石垣の町


山側の町は、
階段と石垣の町。

階段と石垣の町2


本当に、
階段と石垣の町。
国道2号線と山陽本線の北側は、
ほとんど車の通れない地区です。
(たまにバイクUターン可能道路とか書いてあります。)
車の通れない、
起伏に富ん石段の町を歩いていると、
人間の町だなと思います。
ヨーロッパの町の旧市街を散策しているような気持ちになります。

転校生の跨線橋


国道2号線まで降りてくると、
山陽本線掛かる跨線橋に出会います。
記憶の奥がくすぐられているような気持ちでいたとろ、
NPO尾道空き家再生プロジェクトの方に、
「これが、大林宣彦監督の映画「転校生」の中で、
小林聡美さんが自転車で駆け上がった、跨線橋ですよ。」
と教えていただきました。
ファンとしては懐かしい光景に出会えたような気持ちになります。

跨線橋を越えて、
尾道駅へ。

カーブが美しい山陽本線、尾道駅


山陽本線の線路のカーブが美しい尾道駅。
ここから三原まで行き、
呉線に乗り換えて、
伝統的建造物郡保存地区が残る竹原に向かいます。

では、また。
(不定期に続きます。)


(by ダンナ)


鞆の浦・尾道・竹原・旅行2-尾道2012/11/23 10:26


尾道水道


鞆の浦から、船に乗り、
瀬戸の多島海を縫うようにして、
大きな川のように見える尾道水道に入り、
尾道へ。

尾道・造船所


尾道は造船の町でもあり、
尾道水道の両岸には、たくさんの大きな造船所が見られます。
船をパーツに分けて造っているところでしょうか。
少し前にNHKの朝ドラで放送していた「てっぱん」の光景です。

瀬戸の夕暮れ


多島海に沈む瀬戸の夕暮れを見ながら、
尾道に上陸。

あなごのねどこ


この日のお宿は、
NPO尾道空き家再生プロジェクトが運営する、
「ゲストハウスあなごのねどこ」。
町の中心街「中央商店街」のアーケードに面した、
細長い町屋風店舗の空き家をゲストハウスとして再生したもの。
お金を掛けずにボランティアでプロと素人の手を混ぜながら、
ハーフビルドのように再生させるやり方や、
想像以上に細長い町屋商家の作りなども判って興味深い建物でした。

あなごのねどこ・裏庭


あなごのねどこの突き当たり、
裏庭から見るとこんな感じ。

尾道・路地


昨夜は、尾道の美味しい魚とお酒で上機嫌になりましたが、
二日酔いにもならず、気持ちよく、
一夜が明けて、町歩きです。
尾道は、路地と坂道・階段と古い建物の町。
路地には親密な生活感があふれます。

再生店舗・大和湯


町を歩くと、このような古い建物が目に付きます。
銭湯を店舗に再生利用していました。

空き家再生店舗


こちらも長らく空き家だった洋品店を再生して、
店舗にした建物。

シングル葺き


外壁の一部は、元の建物の増築時に使われていた、
木製シングル葺きを再現した壁。

内観


中はこんな手作り感に満ちた感じになっています。

坂と階段


いよいよ2号線と山陽本線を北側に越えて、
坂と階段の町へ。

(つづきは、また。)


鞆の浦・尾道・竹原・旅行1-鞆の浦2012/11/19 15:17

この週末、17日18日(土曜日、日曜日)と、
設計士仲間と一泊二日で、鞆の浦と尾道に研修旅行に出かけました。

鞆鉄・ボンネットバス


まづは昔懐かしいボンネットバスに乗って、
福山駅から鞆の浦へ。

ボンネットバス


50年前のに製造されたバスを整備して運行させています。
シンプルでレトロな運転席回り。
子供の頃乗った記憶がよみがえります。

ボンネットバス・ウインカー


懐かしさの極みはこれ。
写真が見づらいですが、
鮭の切り身のような赤いランプが、
カシャン、カシャンと、
手旗信号のように飛び出すウインカーランプ。

鞆の浦


そして静かな港、鞆の浦へ。
宮崎駿監督の「崖の上のポニョ」の、
舞台のモデルになった町とも言われています。

雁木


港には、浮き桟橋が発達してからは、あまり見られなくなった、
「雁木」と呼ばれている石の階段がありました。
海の中まで続いていて、
干潮時満潮時に関係無く荷下ろしが出来るようにすための石段だそうです。

坂本龍馬・談判の町屋


お昼御飯と、
NPO鞆まちづくり工房の方のお話を伺うのを兼ねて、
NPOが主催する、「坂本龍馬・談判の町屋、尾船宿いろは」へ。
(龍馬は何処へ行っても随分人気者ですね。)
町並みの修景を兼ねて、
江戸時代の町屋を上手く保存活用しています。

龍馬・談判の町屋・室内


NPOの方の話しに、
実際に町並みや歴史的景観の修景、保存に係わる、
想像以上の大変さを、感じました。

鞆の浦


鞆の浦は、坂と石畳と海、そして猫の町。
石畳には雨上がりがよく似合う。

仙酔島


仙酔島。
仙人が酔っぱらってしまうほど美しいと言われることから、
仙酔島と名付けられたそうです。
朝鮮通信使が泊まった福禅時対潮楼からの眺め。
通信使は「日東第一形勝」(日本一の風景)と絶賛したそうです。


そして猫の町。猫、猫、猫。

猫の町1


猫の町

猫の町

猫の町


どの猫も、やたらと寛いでいて、
都会の野良猫のような険しさが、
全くありません。
幸せな猫町。

そして海と魚の町なので、
お寺の棟瓦もこんな凄いことになっています。
(円福時の棟瓦)
お寺の棟瓦


瓦なので基本的にはどんなデザインの物でも焼けるわけですが、
それにしても凄い。

鞆の浦・町並み

鞆の浦・町並み


車が通らないと言うことは、
町巡り、散歩に最適。
路地が楽しい、町並みを巡って、
そして再び港へ。

鞆の浦・常夜灯


鞆の浦港の常夜燈。

鞆の浦を後にして、
尾道水道を船で、
尾道へ。

(byダンナ)

被災建物応急危険度判定員2012/09/26 16:16


応急危険度判に必要な器具

東京都で募集していた、
被災建物応急危険度判定員の養成講座に参加しました。
建築士の有資格者が、
建物による二次災害を少なくするため、
ボランティアで被災建物応急危険度判をするための制度です。
緊急時に、
建築に対する知識と経験がある者が、
少しでも役に立てればと思い、
被災建物応急危険度判定員に登録しました。
勿論そんな事態が訪れないのが一番良いのですが。

東日本大震災の後と言うこともあり、
500席の会場は満席でした。

応急危険度判定員養成講座

両国散歩2012/05/17 15:34


名人伊藤宗印屋敷跡


先日、仕事で両国に行きました。
打ち合わせが一段落つき、
天気も良く気持ちの良い日だったので、
久し振りに、両国を散歩しました。

駅前の街案内板に、
両国の歴史的謂われのある場所が載っていたのですが、
その中で、まず気になったのが、
この場所、第十一世将棋名人伊藤宗印屋敷跡。
将棋ファンとしては行ってみなくてはと、
散歩を開始しました。

第十一代将棋名人伊藤宗印は、
江戸時代最後の名人です。
明治に入り、この門下から、
十三世名人関根金次郎や、
その弟子、近くの本所出身の十四世名人木村義雄が育ってゆきました。
(と案内の立て札に書いてありました。)

この案内の立て札は、寄席の両国亭の前にあります。
(以前、両国亭に落語を聴きに来たことがあるのですが、
夜だったので、気がつきませんでした。)


両国亭


少し歩くと、今度はこんなこの案内の立て札。
本因坊屋敷跡です。


本因坊屋敷跡


囲碁の本因坊と将棋の名人は、
随分と近くに住んでいたのですね。
ちょっと驚き。

その他にも、

勝海舟生誕の地

勝海舟生誕の地2


勝海舟生誕の地、とか。


芥川龍之介文学碑1

芥川龍之介文学碑2


芥川龍之介文学碑とか。


不知火の碇


日露戦争の時の、戦艦不知火の碇の実物とか。


吉良邸跡1

吉良邸跡2

みしるし洗いの井戸


おそらく両国で最も有名な歴史的な場所。
当時の何十分の一の広さですが、吉良邸跡です。
本当にこの井戸でみしるしを洗ったのでしょうか。


ほんの短い時間の散歩でしたが、
次々と、色々な碑や歴史的謂われの場所に出会います。


両国の街


今はこのような近代的な街ですが、
様々な歴史の集積の上に、今があるわけですね。


(by ダンナ)

仙台-懐かしの街2012/02/08 15:16


常禅寺通り


石巻・十三浜に、牡蠣・ワカメの作業用の椅子100脚とテーブル26台を、
届けたあと、その日は仙台に泊まりました。

20数年振りの仙台でした。
当時勤めていた設計事務所(山下設計)の仙台支社に勤務するため、
僕は20代から30代に掛けての4年間、仙台で過ごしました。

翌日、懐かしい仙台の街を歩きました。
写真は、仙台のメインストリート、常禅寺通りの雪景色。
たくさん高層建築が増え街並みは随分変わったように思いますが、
りっぱな欅並木は、昔のままです。


仙台メディアテーク


仙台メディアテークの透明感のあるガラスのファサードが、
欅並木を写し込み、うまく風景に融け込んでいます。


広瀬川


青葉通りの突き当たりにある大橋の上から見た広瀬川。
いつもこの橋の上をバイクで通りながら通勤していました。
懐かしい風景です。


青葉城趾


青葉城趾からの眺め。

四半世紀も経っているのですから当然ですが、
本当に随分高層建築が増えたと思います。

それでもやはり懐かしい眺めです。


(by ダンナ)



谷中の家・第一期竣工2011/05/23 19:11


格子の外観


谷中の家の第一期工事が取り敢えず竣工しました。
2階の居住部分は、明日から引っ越しです。
1階のアトリエ工房部分と、外回りや、屋上の菜園部分の、
自然エネルギー関係の設えはこれから工夫しながら考えて行きます。
なるべく自分で工夫して作れてメンテナンス出来るような、
シンプルなシステムと設備機器(物)を考えようと思っています。
ブリコラージュする感じで作ってみたいと考えています。

谷中の家・リビング・ダイニング・ロフト


中はこんな感じになりました。

キッチン


キッチンはこんな感じです。
建主のNさんに塗って貰った漆塗りのカウンター。

浴室


坪庭付の明るい浴室。
壁と天井はヒバ材。

坪庭


坪庭はこんな感じです。
小さな坪庭ですが、
家の奥まで、
風と光をふんだんに運んで来てくれます。

(by ダンナ)

取材・日銀2010/04/30 17:21


日銀・中庭

先日タツノが、辰野金吾関連で、東京新聞の取材を受けました。
場所は、なんと日銀です。
滅多に入ることの出来ない日銀の中を案内してもらい、
中庭で緊張気味にインタビューを受けているタツノです。
まぁ、会ったこともない4代前の偉いご先祖様について話すわけですから、
ちょっと緊張するのは仕方ないところでしょうか。

それにしても、日銀の建物は、隅々まで力の籠もった大力作で、
明治の時代に国家の建築を設計することの緊張感のようなものを、
ひしひしと感じてしまいます。

記事は5月7日の東京新聞に掲載されるそうなので、是非、ご覧ください。
コリント式柱頭・アカンサスの葉

ちょっと、生真面目な感じのコリント式柱頭のアカンサスの葉。
こんな所にも設計者の、堅物と言われた生真面目さと緊張感が、
表れているような気がします。
馬の水飲み場

今となっては珍しい、中庭の馬の水飲み場。
明治29年の竣工当時のままだそうです。
(byダンナ)